むかし、むかし、そのまた昔のことだそうです。
夏見台を取り巻く谷津は、まだ海でした。そして、台地には古代の人びとが、竪穴の住居を建てて生活をして いました。
人びとは、海であさりや魚をとり、また付近の山野に出て、木の実や獣
台地の下の海ではあさり等の貝が非常に沢山とれました。そこで、日常の食物の中心も自然とあさり等の貝でした。
そこで、家の周りには、段々と貝殻の山が出来て来ました。いつの間にか、家よりも大きな貝殻の山があっちにもこっちにも出来ました。
「これじゃ住む場所がなくなるそ。貝殻の始末には困ったもんだのー。どうしたらええものかのー」
と、人びとはホトホト困り果て、思案投げ首
北西側の近くに、広々とした山野が見えました。さっきから、村人と一緒に辺りを見回していた村の長は、やっと決断したように言いました。
「あそこは近くて、場所も広いようだそ。あそこを夏見台の貝殻の捨て場にしようぞ」
こうして、夏見台の古代の人びとの食べた貝殻の捨て場は、後貝塚村(現・旭町)や前貝塚村(現・前貝塚町)方面に決められました。それ以来、村の中にある程度貝殻がたまると、二つの貝塚村に運んで捨てました。
そのために、今になって見ても貝殻の層は夏見台付近には少なく、貝塚方面に多いのだということです。