むかし、むかし、日本武尊は朝廷に刃向かう夷秋を征伐するために、都から東国に向かって進軍して来ました。
そして、相模国から船で上総国に渡り、やがて下総国に入り、船橋にも進軍して来ました。
まず海神の土地に上陸しました。そこで この付近に陣を構え、賊軍と戦いました。しかし、賊軍も負けてなるものかと、総力をあげて激しく抵抗して来ました。季節は梅雨時でした。どうしたことか、この年は日照りが続き、そのため作物の出来が悪いので、気落ちしたこの辺りの人びとの 協力が弱く、また食糧の確保にも事欠き、苦しい戦いが続行しました。
この戦況に困った尊は、一まず軍勢を夏見に後退させました。ここで、高天原と呼ばれる夏見の高台に登りました。
高台に立った尊は「天の神々様、何とぞ雨を降らせ給え。また、我が軍勢にご加護を与え、勝利をお導き給え」と口の中でつぶやきながら、一心に祈りました。
尊の祈りは天に通じました。一ときほどして空一面に黒い雨雲が現れ、大雨が降り始めました。
今度は、毎日のように雨の日が続きました。余り雨が降り続けるので、道路という道路はすべて水没してしまいました。そこで、賊を攻めるのに、徒歩で行くことが出来なくなりました。
これを見ながら、あれやこれやと作戦を練っていた尊は、最後に「道路が水没しては仕方がない。船を利用するとしよう。皆の者、船を出来るだけ多く用意せよ」と周りの者たちに命じ、付近の湊から沢山の船を確保しました。それから、船と船を繋ぎ合わせ、これを橋代わりとしました。尊の軍勢はこの上を渡り、賊の陣営へ一挙に攻め入りました。これで、戦いは大勝利を得ることが出来ました。
この船の橋が起源となり、後年この土地を「船橋」と呼ぶようになったということです。