むかし、むかし、東夏見村(現・夏見五〜七丁目周辺)の台地の一角にお城がありました。この辺りでは、このお城を夏見城と呼んでいました。
そして、お城は夏見加賀守政芳というお殿様が守っていました。しかし、ある年、近くの城の軍勢から不意に襲われ、防戦の甲斐もなく敗色がこくなって来ました。
そこで、お殿様は「戦もこれまでだ。無念じゃが、皆の者、潔く討死
それから何年かたち、この城址に長福寺が建立されました。
ここに奇妙なことが起こりました。
長福寺の周りの土塁
これを不思議に思った村人たちは「これは一体なにがあるのかの?」と言って、噂をしました。
この噂を聞いた村の名主は「これは、昔その場所にお城の古井戸があったに違いねえ。そしてこの井戸に、落城の時に戦死者の屍
この名主の話に村人たちはなるほどと思いました。そしてこれ等の人たちを大層哀れに思い、その後毎年1回供養をやっていたとのことです。また雪の積もらない塚を
雪解塚