夏見城の(かい)

むかし、むかし、東夏見村(現・夏見五〜七丁目周辺)の台地の一角にお城がありました。この辺りでは、このお城を夏見城と呼んでいました。

そして、お城は夏見加賀守政芳というお殿様が守っていました。しかし、ある年、近くの城の軍勢から不意に襲われ、防戦の甲斐もなく敗色がこくなって来ました。

そこで、お殿様は「戦もこれまでだ。無念じゃが、皆の者、潔く討死(うちじに)しょうぞ」と言い残し、味方の者は城を枕にして果てました。夏見城は落城しました。

それから何年かたち、この城址に長福寺が建立されました。

ここに奇妙なことが起こりました。

長福寺の周りの土塁(どるい)の側に、小高い塚がありました。どんなに雪が降っても、この塚には雪が全く積りませんでした。また、 古いお寺の庫裏(くり)の床の間に逆柱が立っていて、この柱の付近に寝ていると、一晩中うなされて眠ることが出来ませんでした。

これを不思議に思った村人たちは「これは一体なにがあるのかの?」と言って、噂をしました。

この噂を聞いた村の名主は「これは、昔その場所にお城の古井戸があったに違いねえ。そしてこの井戸に、落城の時に戦死者の(しかばね)や女中が身を投じて自害したそうじゃよ。さらに、塚の下には戦いで亡くなった者の遺体を埋蔵したということじゃよ。きっとその亡霊のせいじゃねいのかー」と村人たちに言いました。

この名主の話に村人たちはなるほどと思いました。そしてこれ等の人たちを大層哀れに思い、その後毎年1回供養をやっていたとのことです。また雪の積もらない塚を 雪解塚(ゆきどけづか)と呼び、夏見城の犠牲者の霊を(しの)んだということです。